カスタマーハラスメント(カスハラ)から社員を守る就業規則の記述と対応マニュアル

この記事は、人事・総務・現場管理職や就業規則を整備する経営者向けに書かれています。 カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラの基本的な定義から、就業規則にどのように記載すべきか、現場での対応マニュアルの作り方までを実務的に整理しています。 法的な責任や安全配慮義務との関係、具体的な記録方法やエスカレーション基準など、現場で迷わないために必要な考え方と手順を分かりやすく示します。

Table of Contents

カスタマーハラスメントが企業リスクになる理由

カスタマーハラスメントは単なるクレームを超え、従業員の健康や業務運営に重大な影響を与える企業リスクです。 放置すれば訴訟リスクや風評被害が広がり、採用や定着にも悪影響を及ぼします。 労働施策総合推進法の改正により、カスハラ(顧客等の言動による就業環境の悪化)を防ぐための雇用管理上の措置は、2026年10月1日から事業主の義務になりました(同法33条)。東京都のカスタマー・ハラスメント防止条例(2025年4月1日施行)のように、条例で対策を求める自治体もあります。企業として事前に方針を定め、対応することが必要です。

現場対応の負担が急増している

コールセンターや店舗、訪問サービスなど現場担当者に直接降りかかる理不尽な要求や暴言が増え、一次対応者の負担は著しく増大しています。厚生労働省の「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間に顧客等から著しい迷惑行為を受けた労働者は10.8%でした。 個別対応だけでは解決できないケースが多く、現場は精神的疲弊や欠勤増加を招くことがあります。 組織としての対応基準と支援体制を整備する必要があります。

放置すると人材流出につながる

カスハラを放置すると従業員の離職や休職が増加し、優秀な人材が職場を去る原因になります。 被害を受けた従業員のモチベーション低下は業務品質の低下にも直結します。 結果として採用コストや研修コストが増大し、企業競争力の低下を招きます。

カスタマーハラスメントの基本的な定義

労働施策総合推進法33条1項は、顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の事業に関係を有する者の言動のうち、労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されることを防ぐ措置を、事業主に義務づけています。厚生労働省の指針は、顧客等の言動であること、社会通念上許容される範囲を超えたものであること、労働者の就業環境が害されるものであること、の3つをすべて満たすものをカスハラとしています。 暴言、脅迫、身体的暴力、執拗な要求などを含み、通常のクレーム対応の範囲を超える行為が該当します。 定義を就業規則に明記することが重要です。

正当なクレームとの違い

正当なクレームはサービス改善や誠実な対応を通じて解消される一方で、カスハラは合理的な対応を阻害し従業員に不当な負担を強います。 違いを判断するには要求の合理性や表現の度合い、反復性や威圧性の有無を基準にします。 就業規則で線引き基準を示すことが望まれます。

項目正当なクレームカスハラ
目的問題解決や改善の要求私情や感情による攻撃、過度な要求
表現冷静で具体的暴言・脅迫・差別的発言など
頻度一時的継続的・執拗

社会通念を超えた言動の位置づけ

社会通念を超えた言動とは、暴力や侮辱、過度な要求など一般的な社会的基準から著しく逸脱した行為を指します。 その判断は文脈や度合いによりますが、組織として典型例を示しておけば現場の判断が揺らぎにくくなります。 具体例を就業規則に添える運用が有効です。

カスハラが社員に与える影響

カスハラが社員に与える影響は多面的で、精神的ストレスや身体症状、職務遂行能力の低下を招きます。 継続的なハラスメントはうつ病や不眠、心身症につながる可能性があり、個人の生活にも重大な悪影響を与えます。 精神障害の労災認定基準でも、2023年9月の改正で、顧客や取引先、施設利用者などから著しい迷惑行為を受けたことが、心理的負荷を評価する具体的な出来事に追加されています。早期の予防と支援策が重要です。

精神的・身体的負担の蓄積

怒鳴り声や侮辱的な発言は心理的ショックを与え、慢性的なストレス反応を引き起こします。 ストレスが蓄積すると免疫低下や睡眠障害、消化器症状など身体的な不調も現れます。 企業は健康管理やメンタルヘルス支援に取り組む必要があります。従業員50人未満の事業場では、地域産業保健センター(無料)で医師の面談や相談を受けられます。不調が疑われる場合は、受診を勧めます。

業務意欲と生産性の低下

被害を受けた従業員は業務への集中力を欠き、ミスや効率低下が増えます。 また、チーム全体の雰囲気が悪化し生産性が落ちる傾向があります。 結果として顧客サービスの質低下や離職率増加につながり、企業全体の損失が拡大します。

会社に求められる法的責任

企業は、労働契約法5条に基づく安全配慮義務を負います。さらに、労働施策総合推進法33条により、カスハラから労働者を守るための雇用管理上の措置を講じる義務があります。 放置して労働者に健康被害が生じた場合は、安全配慮義務違反(債務不履行。民法415条)を理由に、損害賠償を請求される可能性があります。 就業規則と実効的な運用が必要です。

安全配慮義務との関係

安全配慮義務とは、労働者が生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう、使用者が必要な配慮をする義務を指し、労働契約法5条に定められています。 カスハラを是正せず従業員が健康被害を受けた場合、企業は義務違反を問われる可能性があります。 したがって予防や早期対応の体制整備が法的観点からも重要となります。

安全配慮義務違反が問われる場面

安全配慮義務違反が問われるのは、企業がカスハラを認識していた、または認識できたにもかかわらず、適切な対応を怠った場合など具体的な場面です。 例えば繰り返し報告があったにもかかわらず対策を講じなかった場合や、相談窓口が機能していない場合などが該当します。 記録と対応履歴が重要な証拠になります。

事業主に義務づけられるカスハラ対策(2026年10月1日施行)

労働施策総合推進法33条1項は、事業主に対し、顧客、取引の相手方、施設の利用者などの言動のうち、業務の性質などに照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されることのないよう、相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備、その言動への対応の実効性を確保するための抑止のための措置、その他の雇用管理上必要な措置を講じることを義務づけています。2026年10月1日から施行されており、企業の規模にかかわらず、すべての事業主が対象です。

具体的な措置は、厚生労働大臣の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)に定められています。事業主の方針等の明確化とその周知・啓発、相談体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応、対応の実効性を確保するための抑止のための措置、そして相談者のプライバシーの保護や、相談したことを理由に不利益な取扱いをしない旨の周知など併せて講ずべき措置の、5つです。相談したことなどを理由とする解雇その他の不利益な取扱いは、法律でも禁止されています(同条2項)。

方針の明確化と周知には、就業規則やマニュアルに対応の方針と手順を書き、従業員に知らせる方法があります。就業規則がない会社は、社内規程や周知文書で定めても構いません。以下では、その書き方を整理します。

就業規則にカスハラ対応を定める必要性

就業規則にカスハラ対応を明文化することで、社員の保護や現場の対応統一が図れます。 明文化は従業員への周知と企業の方針の一貫性を担保します。 労働局から措置の実施状況を確認された場合や、裁判で会社の対応を説明する場合にも根拠になります。

現場任せの対応を防ぐ

現場任せの対応は対応のばらつきや被害の見逃しを招きます。 就業規則で対応フローや担当者、権限を明示すれば現場は迷わず行動できます。 統一した基準があれば、従業員は安心して対応でき、早期解決につながります。

会社の基本方針を明確にする

方針を就業規則に記載することで「被害者を守る」「不当要求は拒否する」といった企業の姿勢が明確になります。 これにより従業員は安心して通報や相談ができ、トップダウンでの文化醸成も進みます。 方針の周知と研修が不可欠です。

就業規則に記載すべきカスハラの定義

就業規則にはカスハラの包括的な定義と、具体例を併記しておくべきです。 言動の種類、繰り返し性、威圧性、業務範囲外の要求など、判断に使える要素を列挙すると現場の判断が容易になります。 定期的な見直しも必要です。

対象となる行為の明示

対象行為として暴言、脅迫、身体的接触、性的嫌がらせ、過度な返金要求や私的な土下座要求などを列挙します。 具体的に示すことで現場は事案を素早く認定できます。 曖昧な表現だけでなく代表的な事例を明記することが重要です。

例示による判断基準

例示は運用の際の判断基準になります。 例えば『反復性がある』『相手の人格を否定する表現が含まれる』『業務範囲を著しく超える要求がある』などの基準を示します。 こうした基準は教育資料やマニュアルにも組み込みやすいです。

就業規則に示す会社の基本姿勢

就業規則には不当要求を容認しない姿勢と、被害を受けた社員を優先して保護する方針を明記します。 方針はトップメッセージとしても機能し、全社的な理解を促進します。 方針と現場対応の整合性を常に確認する仕組みも必要です。

不当要求を容認しない方針

不当要求を容認しないという明確な方針は、現場が毅然とした対応を取るための根拠になります。 具体的には『従業員の人格を否定する行為や暴力的行為には応じない』という表現を盛り込みます。 顧客対応の範囲を明確にすることも含みます。

社員保護を優先する原則

社員保護を優先する原則を定めることで、従業員が報告しやすい環境が作れます。 相談や報告をしたことを理由に不利益な取扱いをしないこと(労働施策総合推進法33条2項)と、相談窓口(社外の窓口を含みます)を就業規則に定め、従業員に周知します。これらは同法の指針で事業主に求められている措置です。 継続的な研修も欠かせません。

服務規律との整理

服務規律とカスハラ対応の関係を整理し、従業員に過度な自己犠牲を求めない設計にすることが重要です。 業務上の誠実対応義務と従業員の安全配慮を両立させるための線引きを就業規則で示す必要があります。 現場での運用ルールも整備します。

誠実対応義務との線引き

従業員には顧客に誠実に対応する義務がありますが、それは無制限ではありません。 誠実対応の範囲と、相手が著しく逸脱した場合に対応中止や上長報告が許される場面を明確に定めます。 線引きがあれば現場は安心して対応できます。

過度な我慢を求めない設計

服務規律が過度な我慢を強いるものになってはいけません。 就業規則やマニュアルに『健康に重大な悪影響があると判断される場合は対応を中止する』旨を定め、従業員の安全を優先する設計にします。 これにより無用な二次被害を防げます。

懲戒規定との関係整理

カスハラ対応を理由に従業員を不当に懲戒してはなりませんが、同時に従業員側の不適切な対応も整理する必要があります。 就業規則ではどのような従業員行為が懲戒対象となるか、また保護される行為との区別を明確に示します。

社員側の不適切対応との区別

従業員が顧客に対して故意に侮辱したり暴力を振るうなど明らかに不適切な行為は懲戒対象になります。ただし、カスハラを繰り返し受けた後の言動である場合は、懲戒の前に心身の状態を確認します。 懲戒の対象となる行為を具体的に列挙し、保護される正当な拒否や安全確保のための行為とは異なることを明示します。 公平な運用が求められます。

懲戒対象としない範囲

対応中止や警察への通報、上司への報告などは保護される行為として懲戒対象外である旨を明記します。 正当な自己防衛や組織的手続きを踏んだ行為は評価されるべきであり、不当な懲戒から従業員を守るための条項を設けます。

対応マニュアルを整備すべき理由

マニュアルは現場の判断を支援し、対応の属人化を防ぎます。 どのような状況で誰が動き、どのように記録しどの段階で外部に報告するかを明確にすれば初動の遅れや誤対応を防げます。 教育と訓練で運用精度を高めることが重要です。

対応の属人化を防ぐ

個人の裁量に任せると対応レベルにばらつきが出てしまいます。 標準化されたマニュアルにより、誰が対応しても一定水準の保護が提供されます。 これは従業員の安心感につながり、企業の法的リスク低減にも寄与します。

現場判断の迷いをなくす

マニュアルには簡潔なフローチャートやチェックリストを盛り込み、現場が即座に判断できる形にします。 対応の優先順位やエスカレーション基準が明確であれば、不安定な状況でも冷静に対処できます。 定期的な見直しも必要です。

初期対応で徹底すべき原則

初期対応では冷静さ、安全確保、組織的連携の三点を徹底します。 被害者の安全確保を最優先とし、応対は記録を取りつつ組織として行うことを基本にします。 個人任せにせず、必ず上長や定められた窓口に報告するプロセスを踏ませます。

冷静かつ組織対応を基本とする

応対者は感情的に反応せず、まずは安全を確保し状況を把握した上で組織的に対応します。 顧客の要求に即座に屈しないこと、必要なら業務を一時中断して上長に報告することを原則とします。 組織で対応方針を共有しておくことが重要です。

一人で抱え込ませない

危険や精神的負担を避けるために、可能な限り複数人で対応する規定を設けます。訪問介護や配送、少人数の店舗のように、現場に一人しかいないことが多い業態では、複数人での対応が難しいため、電話で上長につなぐ、その場での対応を中断して後日組織として対応するといった、代わりの仕組みも定めておきます。 対応中は録音や記録を取り、安全性と証拠性を確保します。 一人で抱え込ませない仕組みが必要です。

エスカレーションの判断基準

エスカレーションの基準は明確でなければ現場は判断に迷います。 暴力性、反復性、業務妨害度合い、被害者の健康影響の有無などを基準化し、一定基準を超えた場合は直ちに上司や、あらかじめ決めた担当者(社長や総務担当者など)に引き継ぐルールを定めます。 速やかな報告が鍵です。

上司・管理職への引き継ぎ

引き継ぎの際は事実関係、日時、対応経過、録音やログの有無を整理して報告します。 上司は速やかに判断を下し、必要なら顧問の社会保険労務士や弁護士、警察などの外部機関に相談するなど適切な措置を講じます。 引き継ぎ手順を明文化しておくことが重要です。

対応段階の切り替え

対応は通常対応、厳格対応、対応中止の段階に分けて切り替え基準を設けます。 切り替えは定量的・定性的な基準で判断し、各段階で取るべきアクションリストを明示します。 これにより現場は迷わず次の措置へ移れます。

対応中止・拒否の判断基準

対応の中止や要求の拒否は、企業側が一方的に決めるのではなく明確な判断基準に基づくべきです。 業務範囲を逸脱する要求、違法性のある要求、継続的な威圧行為などが該当します。 従業員の安全を理由に対応を停止する規定を設けます。

業務範囲を逸脱した要求

業務内容に無関係な私的要求や明らかに不当な返金要求、サービス外の行為の強要は対応拒否の対象です。 こうしたケースでは丁寧に断るためのテンプレートや上長へのエスカレーション手順を用意しておくと現場は冷静に対処できます。

継続的・威圧的言動

威圧的な言動や繰り返される嫌がらせは対応中止の判断基準になります。 被害者の安全が脅かされる場合は直ちに対応をやめて保護措置をとり、必要に応じて警察通報や法的手続きを検討します。 判断フローを明確にしておくことが大切です。

記録と証拠保全の重要性

記録と証拠保全は後日の紛争解決や法的対応において決定的に重要です。 日時、場所、発言内容、対応者、録音や映像、ログなど可能な限りの証拠を保存します。 保存ポリシーとアクセス権限を明確にして情報管理の安全性も確保します。

日時・内容・対応経過の記録

具体的には初回発生日時、頻度、発言の逐語記録、応対者の氏名、実施した措置、顧客とのやり取りのログを残します。 記録は時系列で整理し、上長や対応の責任者に速やかに共有できる形にします。 正確で速やかな記録が企業を守ります。

  • 発生日時と場所を記録する。
  • 発言や要求の内容を逐語または要約で残す。
  • 対応者名と対応内容、エスカレーション経路を記録する。
  • 録音やログは安全に保管しアクセス権を限定する。

後日の紛争対応に備える

記録は労務管理や法的手続きで重要な証拠となります。 内部調査や第三者調査が必要になった場合に備え、保存期間や手続きについて就業規則や社内ポリシーで定めておきます。 透明性のある管理が信頼性を高めます。

まとめ:カスハラ対策は事前設計がすべて

カスハラ対策は事後対応では限界があり、就業規則やマニュアルで事前に設計しておくことが重要です。 明確な定義、対応フロー、記録方法、研修体制を整えることで従業員を守り企業の法的リスクを低減できます。 継続的な見直しと教育が鍵です。

就業規則が社員の盾になる

就業規則にカスハラ対応を盛り込むことで従業員は安心して働ける環境が整います。 条文化されたルールは現場が毅然とした対応をとるための根拠になり、組織全体の安全文化を醸成します。 定期的な周知と更新も重要です。

会社の姿勢が組織を守る

経営層が明確にカスハラを許さない姿勢を示すことが組織を守る第一歩です。 方針が日常的な運用に落とし込まれて初めて効果を発揮します。 就業規則とマニュアルを軸に、教育・記録・支援のサイクルを回していきましょう。

この記事は、2026年10月時点の法律と制度に基づいています。カスハラ対策の具体的な措置は、厚生労働大臣の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)で示されています。実際の対応では、社会保険労務士または弁護士にご相談ください。

この記事を書いた人

岩本浩一社会保険労務士・採用定着士
岩本 浩一(いわもと こういち)
社会保険労務士法人あいパートナーズ 代表社員

採用と定着に特化した人事労務のスペシャリスト。愛媛県社会保険労務士会所属(登録番号:3806011)。愛媛県松山市を拠点に、地元企業のみならず全国の企業の組織成長を支援している。「人手不足を解消し、持続可能な組織をつくる」ことをミッションに掲げ、理論と現場のリアリティを融合させたコンサルティングを展開。

特に「企業型確定拠出年金(企業型DC)」を活用した退職金制度の構築に定評がある。従業員の将来設計を支える福利厚生の整備と、経営側のコスト効率化を両立させる専門的なスキームにより、採用力の強化と離職率の低下を同時に実現。数多くの中小企業における組織課題を解決へ導いてきた。

地域経済への貢献にも注力しており、地元メディア『愛媛経済レポート』にて採用定着をテーマとした連載を長期にわたり担当。また、AI技術を活用した情報発信のパイオニアとしても活動しており、YouTubeチャンネル『あいパートナーズ AI労働解説』やPodcast『博識な猫タマとクロの資料解説』を通じて、労働法や人事トレンドの最新情報を、経営者や人事担当者に向けて分かりやすく解説している。