この記事は企業の人事担当者や経営者、人事制度の導入を検討している中小企業の経営者向けに書かれた解説記事です。
奨学金返済支援制度の概要から導入メリット、デメリット、具体的な制度設計や税務・就業規則上の注意点までをわかりやすく整理して解説します。
制度を導入する際に検討すべきポイントや他の福利厚生との違い、よくある質問にも回答するので、導入可否の判断材料としてお役立てください。
奨学金返済支援制度とは
奨学金返済支援制度の概要
奨学金返済支援制度とは、従業員が学生時代に借りた奨学金の返済負担を企業が一定期間、または一定額支援する福利厚生制度です。
制度には直接企業が返済を代行する代理返還、毎月の給与とは別に手当として支給する方法、あるいは一時金で返済を補助する方法など複数の形態があります。
導入の際は支援対象となる奨学金の種類や支給額、支給期間、在籍条件などを明確に定める必要があります。
福利厚生として注目される理由
近年、特に若年層の生活費負担や教育ローンの返済が就職先選びの重要な要素になっており、奨学金返済支援は採用競争力を高める福利厚生として注目されています。
従業員にとっては実利がわかりやすく直結する制度であるため満足度やロイヤルティ向上に寄与する可能性が高いです。
企業側は報酬以外の魅力として掲示でき、人的資本経営の一環として評価されるケースも増えています。
制度が広がる背景
少子化と人手不足が進む中で、企業は若手人材の確保や定着に苦慮しています。
加えて奨学金を利用して進学した世代が社会人となり、返済が重くのしかかる問題が顕在化したため、企業が支援策を導入する事例が増えています。
これに伴い社会的にも教育投資の回収や人的資本の維持という視点から制度の導入が評価され、政策面でも注目されるようになりました。
奨学金返済支援制度が注目される理由
若手人材の採用競争が激化している
少子化に伴う採用市場の競争激化により、企業は給与以外の差別化要素を求められています。
奨学金返済支援は求人時に明確なメリットとして提示しやすく、特に初任給や昇給だけでは埋められない不安を持つ応募者に響きやすい点が強みです。
採用広報や採用面接時に訴求することで応募数や内定承諾率の改善が期待できます。
従業員の経済的負担を軽減できる
奨学金返済は若手従業員の家計に対する大きな負担要因となります。
企業が返済の一部を負担することで可処分所得が増え、生活の安定や将来設計の改善につながります。
結果として従業員の精神的負担が軽減されるため、パフォーマンスや勤怠、モチベーションの改善効果が期待できる点も見逃せません。
人的資本経営への取り組みが進んでいる
人的資本経営の重要性が高まる中、従業員の潜在能力を引き出し長期的に育てることが企業価値向上につながるとの認識が広がっています。
奨学金返済支援は従業員の経済的基盤を支える施策として、人的資本の投資の一部とみなされやすく、ESGやサステナビリティ評価においてもポジティブに評価されることがあります。
奨学金返済支援制度の種類
企業が返済額を補助する方法
企業が毎月の返済額に対して一定割合や上限額を補助する方法は最も一般的な形態の一つです。
たとえば毎月の返済額の50%を上限〇万円まで補助する、もしくは返済が完了するまで年単位で支援を続けるといった設計が可能です。
支援額や期間は企業の財務状況や採用方針に応じて柔軟に決められますが、長期的な負担を見越した予算計画が必要です。
日本学生支援機構の代理返還制度
日本学生支援機構(JASSO)の代理返還制度を活用する場合、企業が従業員の代わりに返還を行い、その支払いを従業員に給与として支給しない形で福利厚生扱いとすることが可能な場合があります。
代理返還を使うメリットは返還手続きが整理されている点ですが、企業と従業員の契約関係や税務上の取扱いに注意が必要です。
手当として支給する方法
奨学金返済支援を手当として毎月支給する方法は実施が簡便で、給与体系に組み込みやすい点が利点です。
ただし給与として扱われると社会保険料や源泉徴収の対象となるため税務上の影響を検討する必要があります。
手当の名称や支給条件を明文化し、混乱を避ける運用ルールを整備することが重要です。
| 方式 | 特徴 | メリット | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 返済額補助 | 毎月の返済の一部を補助 | 毎月の負担軽減に直結 | 継続的な負担管理が必要 |
| 代理返還 | 企業が直接返済を行う | 手続きが明確で福利厚生扱いにしやすい | 契約・税務の確認が必要 |
| 手当支給 | 給与や手当として支給 | 導入が容易 | 課税・社会保険の影響あり |
奨学金返済支援制度を導入するメリット
採用力の向上につながる
奨学金返済支援制度を導入することで、求人票や採用ページに明確な福利厚生として掲示でき、応募者に対する訴求力が高まります。
特に若手や新卒採用においては、初期の生活設計に影響する返済負担を軽減するメリットが大きく、内定辞退率の低下や応募数の増加という形で効果が現れることが期待できます。
採用ブランディングの一環としても有効です。
人材の定着率向上が期待できる
返済負担が軽減されると従業員の経済的安定が向上し、転職の動機の一つである「より高い報酬の追求」以外にも、現職に留まるインセンティブが働きやすくなります。
一定期間の支援条件を付けることで勤続年数の延長を促す設計も可能であり、結果として採用コストの低減や人材育成投資の回収が期待できます。
従業員満足度が向上する
従業員にとって奨学金返済は将来の生活設計に影響する大きな要素であり、企業がそれを支援する姿勢は信頼の構築に直結します。
給与以外の生活支援として実感しやすいため、福利厚生満足度が向上し、従業員エンゲージメントの改善や社内の口コミでの評価向上にもつながります。
定期的なフォローや説明会を行うと効果が高まります。
奨学金返済支援制度を導入するデメリット
企業の費用負担が増える
当然ながら支援を行うための費用が発生します。
特に大規模に支援を行う場合や支援期間を長く設計した場合、企業の人件費や福利厚生費として相当の負担が生じます。
導入前に支援対象者数の想定や年間予算のシミュレーションを行い、持続可能な設計にすることが重要です。
制度設計が複雑になる
対象となる奨学金の範囲、支給額の算定方法、在籍条件、支給停止や返還の取り扱いなどを詳細に設計する必要があり、就業規則や福利厚生規程への反映、社内運用フローの整備などが求められます。
曖昧なルールは不公平感やトラブルの原因になるため、専門家と連携して制度設計を行うことが望ましいです。
公平性への配慮が必要になる
奨学金を利用した従業員のみが受益する制度であるため、他の従業員との公平性問題が発生し得ます。
既存の福利厚生との整合性や、採用時における説明責任を果たすための透明性の確保が必須です。
必要に応じて他の福利厚生とのバランスを考慮した調整ルールを設けるべきです。
制度設計で決めておきたいこと
対象者・対象となる奨学金を決める
まずは誰を対象にするかを明確にします。
新卒のみ、入社何年目まで、雇用形態(正社員・契約社員・パート)などの区分や、日本学生支援機構の奨学金のみ対象にするのか、民間奨学金も含めるのかを決めます。
対象外のケースや証明書類の提出要件もあらかじめ定め、運用時の混乱を防ぎます。
支援額や支援期間を決める
支援額は固定額、返済額の一定割合、上限額付き補助など複数の方式があります。
支援期間については入社後何年目まで支援するか、定年まで継続するのか、一括支給か月次支給かを検討します。
予算制約と期待効果を踏まえ、採用戦略と連動した設計が重要です。
支給方法や利用条件を定める
支給方法は代理返還、手当支給、一時金などがあり、税務や社会保険上の取扱いが異なります。
利用条件として離職時の取り扱いや支給停止条件、支給の開始月や必要書類(返還予定証明や返済通帳の写し)などを具体的に規定する必要があります。
誤解のない明文化が肝心です。
税務・社会保険上の注意点
給与として支給する場合の取扱い
手当として支給する場合、原則として給与所得として課税対象になり、社会保険料の算定基礎にも含まれます。
これにより従業員の手取りや企業負担の社会保険料が変動する可能性があります。
税務上の優遇措置が適用されるかどうかは支給形態によるため、制度設計時に税理士や社労士と相談して最適な方法を決定するべきです。
代理返還制度との違い
代理返還は企業が直接奨学金返還を行う形式であり、適切に運用すれば福利厚生扱いとされるケースがあります。
ただし代理返還でも実務上の契約関係や支給の根拠の整備が必要で、税務上の取扱いは個別判断となることがあるため、具体的な手続きや源泉徴収の必要性について専門家の確認を行うのが安全です。
福利厚生制度として運用するポイント
福利厚生として非課税扱いを目指す場合は制度の公益性や従業員共通の利益に資する設計が求められます。
例えば全従業員を対象とする別途の教育支援と組み合わせるなど、制度全体の位置づけを明確にして運用ルールを定めることが重要です。
運用開始前に税務や社会保険の確認を済ませておきましょう。
就業規則・福利厚生規程の整備
制度内容を明文化する
就業規則や福利厚生規程に制度の目的、対象、支給方法、必要書類、支給停止事由などの要件を明記します。
従業員が後から不明点を問わないように具体的なフローや問い合わせ先も記載しておくと運用がスムーズです。
労使間の合意形成や従業員代表の意見聴取も検討してください。
対象者や支給条件を定める
対象者を限定する場合はその根拠を明確にし、不公平感を避けるために判断基準や適用開始日を定めます。
例えば入社から何ヶ月以上在籍していること、フルタイム勤務であること、返済証明の提出があることなどの条件をルール化しておくとトラブルを未然に防げます。
制度変更時の対応を決める
制度を途中で変更する可能性がある場合は、既存利用者への対応(既に支給中の者は継続扱いとするのか、新ルールへ移行するのか)を定めることが重要です。
変更時の告知方法や猶予期間、既存契約の扱いについても規程に盛り込み、従業員への説明責任を果たせる体制を整備してください。
企業が注意したいポイント
制度内容を従業員へ周知する
制度を導入しても周知が不十分だと利用が進まず期待した効果が得られません。
導入時には説明会やFAQ、社内サイトでの詳細公開を行い、採用段階でも情報発信を行うことが重要です。
申請手続きの流れや必要書類を分かりやすく提示すると利用促進につながります。
他の福利厚生とのバランスを考える
既存の福利厚生とバランスを取ることも大切です。
たとえば住宅手当や育児支援と比較して公平性を検討し、優先度や予算配分を整理しておくと制度間の摩擦を避けやすくなります。
総合的な福利厚生パッケージとしての位置づけを明確にしましょう。
制度の利用状況を定期的に見直す
導入後も利用状況や効果を定期的にモニタリングし、採用や定着率との相関を分析することが重要です。
利用率が低ければ周知方法の見直しや支給条件の緩和を検討し、企業の人材戦略に合わせて制度を柔軟に改善していく運用が望ましいです。
他の福利厚生制度との違い
住宅手当との違い
住宅手当は居住費負担を直接補助するのに対して、奨学金返済支援は教育費由来の債務返済を対象とします。
両者は従業員の生活支援という点では共通していますが、対象となる負担の性質が異なるため、支給条件や税務上の取扱いが異なることがあります。
設計時には相互に矛盾しないように配慮が必要です。
資格取得支援制度との違い
資格取得支援はスキル向上や業務能力向上を目的とする投資的な側面が強く、企業にとって直接的な業務貢献が期待されます。
一方、奨学金返済支援は過去の教育投資に対する負担軽減が目的であり、従業員の生活安定を軸にした福利厚生と位置づけられます。
双方を組み合わせることで採用・育成の相乗効果が期待できます。
リスキリング支援との違い
リスキリング支援は従業員の職務転換や高度化を支援するための投資であり、企業の中長期的な人材戦略に直結します。
奨学金返済支援は主に従業員の個人的な返済負担の軽減を目的としており、直接的なスキルアップ施策とは異なります。
どちらも人的資本への投資ですが目的と効果の可視化方法が違います。
参照:リスキリングとは?DX時代に求められる人材育成のポイントと実践法
| 比較項目 | 奨学金返済支援 | 住宅手当 | 資格取得支援 |
|---|---|---|---|
| 目的 | 過去の教育負担の軽減 | 居住費の負担軽減 | スキル向上・業務貢献 |
| 税務 | 支給形態で異なる | 課税・非課税条件あり | 研修費は非課税となる場合あり |
| 期待効果 | 定着・採用力向上 | 居住安定による定着 | 生産性向上・配置柔軟化 |
よくある質問
中小企業でも導入できるか
中小企業でも導入は可能です。
規模に合わせた支援設計、たとえば新卒のみ対象にする、支給額に上限を設ける、年度ごとに予算を確保するなどの工夫が有効です。
導入前に予算シミュレーションと就業規則の整備、税務上の確認を行うことをおすすめします。
新卒以外も対象にできるか
新卒以外の中途採用者や既存社員も対象に含めることは可能です。
ただし対象範囲を広げると費用負担が増えるため、採用戦略や公平性の観点から年次や雇用形態で条件を設けることが一般的です。
運用ルールを明確にして、従業員に対して説明責任を果たしましょう。
代理返還制度を利用するメリットは何か
代理返還を利用すると、企業が直接返済手続きを行えるため従業員の手間が省かれ、支援の履歴も管理しやすくなります。
また、制度設計によっては福利厚生としての位置づけが明確になり従業員にとっての価値が伝わりやすい点もメリットです。
ただし税務上の扱いに注意が必要なので専門家と連携してください。
まとめ
自社に合った制度設計と継続的な運用が成功のポイント
奨学金返済支援制度は採用力向上や従業員満足度向上に寄与する有効な福利厚生です。
導入にあたっては対象範囲、支給方法、税務上の扱い、就業規則への明文化などを慎重に設計し、導入後は利用状況や効果を定期的に見直す運用が重要です。
自社の採用戦略や財務状況にあわせた持続可能な制度設計を行い、従業員との信頼関係を築いていきましょう。
この記事を書いた人
- 社会保険労務士・採用定着士
- 岩本 浩一(いわもと こういち)
社会保険労務士法人あいパートナーズ 代表社員
採用と定着に特化した人事労務のスペシャリスト。愛媛県社会保険労務士会所属(登録番号:3806011)。愛媛県松山市を拠点に、地元企業のみならず全国の企業の組織成長を支援している。「人手不足を解消し、持続可能な組織をつくる」ことをミッションに掲げ、理論と現場のリアリティを融合させたコンサルティングを展開。
特に「企業型確定拠出年金(企業型DC)」を活用した退職金制度の構築に定評がある。従業員の将来設計を支える福利厚生の整備と、経営側のコスト効率化を両立させる専門的なスキームにより、採用力の強化と離職率の低下を同時に実現。数多くの中小企業における組織課題を解決へ導いてきた。
地域経済への貢献にも注力しており、地元メディア『愛媛経済レポート』にて採用定着をテーマとした連載を長期にわたり担当。また、AI技術を活用した情報発信のパイオニアとしても活動しており、YouTubeチャンネル『あいパートナーズ AI労働解説』やPodcast『博識な猫タマとクロの資料解説』を通じて、労働法や人事トレンドの最新情報を、経営者や人事担当者に向けて分かりやすく解説している。
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